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衣笠通信 平成24年冬(復刊第3号)
2013年01月07日 14:03

「忠臣蔵」の決算書 (山本博文著 新潮社新書)を読む

(1)  毎年12月14日が近づくと忠臣蔵が話題に上ります。てん末はご承知のとおりですが、元禄14年(1701年)3月14日(旧暦、新暦はだいたい40日後)に浅野内匠頭が江戸城中で高家筆頭の吉良上野介義央に斬りかかったため、浅野内匠頭は即日切腹を命じられ、他方吉良上野介はおとがめなしとなった。
     また、赤穂藩は取りつぶしとなった。その後、元禄15年(1702年)12月14日(15日未明)に大石内蔵助ら47名が吉良邸に討ち入り吉良上野介の首をあげ、元禄16年(1703年)2月4日にこの事件に対して46名が切腹して一連の事件が終了したというものです。

(2)  歴史的な事件としては46名の切腹で終了しているのですが、事件がセンセーショナルなものであったため、人々の記憶に残るものとなりました。
     具体的には46名の切腹の12日後には江戸の中村座で「曙曽我夜討」(あけぼのそがのようち)として芝居が上演されています。(但し、即時に上演禁止命令が出ています。)そして45年後の寛延元年(1748年)に竹田出雲、並木千柳らの脚本により「仮名手本忠臣蔵」が大阪の竹本座で人形浄瑠璃として上演され、これが今日まで続く忠臣蔵ブームのきっかけとなりました。
     その後、人間が演じる歌舞伎に拡がっていきました。かつては人形劇だったことを示す今でも使われている古い演出があり、それは大序(だいじょ、鎌倉の鶴岡八幡宮社頭に主な出演者が集まった時)において、幕が開いても全員が人形のように動かず、柝(き、拍子木のこと)が入ると、その音で全員が一斉に命を吹き込まれたように動いていくという演出です。


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